蒼夏の螺旋

  “判らいでどうするよ”
 

某有名商社の企画部にて、
独自の販路開拓を余裕でこなす部署の最年少係長を任されて1年目。
密かに“独立遊撃部隊”に匹敵し得るとまで称され、
どれほどに未知の分野であろうと、
人任せにせず自前の足で通ったことで培った信頼を山ほどお持ち。
若いからこその当たって砕けろを怖じけもせずに敢行した、
今時にはめずらしいタイプのお人で。
それがため、今や提携先も含めた周囲からの期待に、
余裕余裕で応えておいでの辣腕係長さんは。
精力的な外回りや、積極的な交渉で知られている一方で、
集中して取り掛かっているよな事案がない期間は、
一般事務の総務勤務でもそこまでやらんぞと思うほど、
それは真っ直ぐ帰路につくことでも有名で。

 『確か、同居している子がいるのよね。』

 『そうそう。年の離れた従弟さんで。』

 『こっちの学校に通うのにって、
  ロロノアさんチへ下宿してるとかどうとか。』

自らのことは あまり語らぬ武骨な男だというに。
きりりと鋭角な風貌も、
強靭でこそあれ 人懐っこいとは到底言えぬというに。
それでもこういう話は、
誰かがどこかから聞き出すものらしく。
イケメンには一通りの関心を寄せる女性陣には
放ってはおかぬだけのレベルで、
野性的でありながら、折り目正しくもある二枚目な偉丈夫は。
だというに、
誰ぞといい雰囲気だという浮いた話も
はたまた、
女運が悪くてまた振られたというよな沈んだ話もないまま、
今日も定時に会社を出ると、
自宅へひたすら真っ直ぐ帰るという生真面目さを、
今日も今日とて敢行中。
早く帰ってやらねば、同居している子が心細いだろうからと、
それでのことと思われているようだけれど。

 だとしても、
 わざわざの“帰るコール”まではしないんじゃなかろうか。(苦笑)




勤め先の最寄り駅から乗り込む快速から
自宅の最寄り駅に停車する普通列車へ乗り換えるおり、
背広の内ポケットから取り出すのがスマホ。
快速が先に出るその数分を利用して、
自宅へ…というか、同居人のスマホへと
今 乗換駅に着いたから…という
短い電話をかけるのが、もはや日課になってる律義な御仁。
今時だと、
真冬よりは幾分か陽の入りも遅くなっている頃合い。
夏場なら、帰り着くころだって薄暮に明るい時間帯。
そんな刻限に 何てまあ健全なと、呆れる方々も少なかないが、
ホントを知ったら…やっぱり呆れられるかも?

 「……あ、ルフィか?」
 【 おお。あ、そっかもうそんな時間なんだ。】

ややうっそりとしていた目許がパッと晴れたは、
呼び出し音が途切れて 目当ての相手が出たからで。
この時間に掛かって来るのがセオリーな相手だというに、
意外そうな言いようをするのは、
それは伸びやかな、十代くらいの男の子の声。
さすが、ひところのガラケーとは性能が違うということか、
相手の周辺の環境音までも、
まろやかなレベルになってはいるが、拾ってくれてるもんだから、

 「何だ、どっか出先なんか?」

がやがやという雑踏らしい雰囲気が伝わって来たので、
ああこれは自宅じゃないなと気がついた。
それをまんま伝えれば、

 【 お、ゾロ鋭い♪】

クイズじゃあるまいに、嬉しそうな声が返って来たのへ、
おいおいおいと目が据わったご亭主で。

 「何だよ、じゃあ晩飯の支度はこれからか?」
 【 ん〜ん。今日は圧力鍋でカレーを仕込んであるぞ?】

肉の塊がゴロゴロ入った特製カレーだぞ、いいか覚悟しなと、
どんなお仕置きでしょうかと聞き返したくなるような、
文法の怪しい、無邪気な言いようをして来る奥方であり。

 【 今な、サカキさんにいるんだ。
   菱屋さんのコロッケ買って帰るから、
   そうだな同着くらいになるかなぁ。】

 「…サカキさん?」

覚えのない名前だなと思ったが、
そんな彼の立つホームへ普通が入って来たので通話はそこまで。

 「判った。慌てなくていいぞ? コケたら怪我すっからな。」
 【 あ〜い、了解vv】

でも、負けないもんねと、
何へムキになっているやらな一言を残し、
通話を切ったルフィであり。
一方のこちらはと言や、

 “サカキ?”

いつものドアから乗り込んで、
そのままそこへと凭れかかると、車窓を流れる風景に眸をやる。
ご近所の知り合いの中にそんな名前の人はいないし、
帰ったゾロへ、今日は何があったかを
朝の部から昼の部、
夕飯前の買い物での意外なお徳用発見のサプライズまで、
それもまた夕飯のソース代わりでもあるかのように、
それは面白おかしく語ってくれるルフィなので、
話し忘れてたということは まずあり得ない。

 “…今日 知り合った人ってことかな?”

でもなあ…と引っ掛かるところがあって、
う〜んと真剣に考え込む。
切れ長の双眸に、彫の深い面差しのまま、
どっかに答えがないものかと、
頭の中をまさぐるご本人は気づいちゃいないが。
眉間がぐぐっと狭まった、
いかにも深刻そうなお顔はなかなかの迫力があって、
周囲に居合わせた乗客の皆様が
思わず殺気を感じてしまい、じりじりと後じさったほど。


  ンご乗車の際、危険物のお持ち込みは ンご遠慮願いますー。




     ◇◇◇



果たして、注目の帰宅レースは(笑)
地元にいたルフィのほうがやはり早かったようであり。

 「おっ帰り〜〜♪」

格式高いエンブレムに見せかけて、
実はクマやネコという愛らしいキャラが
真ん中へのモチーフにされたワッペンが、
二の腕やら胸元やらに縫いつけられたトレーナーに、
大きめの千鳥格子プリントのサブリナパンツという組み合わせ。
どこの女子大生ですかというよないで立ちで、
玄関までをお出迎えにと飛び出して来た小さな奥方へ、

 「もしかして、
  サカキさんてのは新しく馴染みにした喫茶店
(サテン)か?」

 「おお、ピンポンだぞvv」

あんなあんな、
本多さんの奥さんとチョビの散髪に行ったんだけどよ、
わんこも一緒に入れるカフェで、
えと、えっぐ・べねでぃくとってゆうのが、
もんの凄い美味しいのよって教えてもらってvv

 「美味かったのか?」
 「おーっ、凄げぇ美味んまいのvv」

何だ、ただの 温泉卵が載った丸いオープンサンドじゃんかって、
こっそり思っちまったんだけど。
掛かってる生クリームの卵ソースが
凄んげぇ美味かったんだよなぁと、しみじみ言ってから。

 「ゾロが知ってたってことは、やっぱ有名な店なんか?」
 「さてな。」

今ンとこ、ブームな飲食店をどうこうする企画はないから、
そこまでは知らんぞと。
ほどいてた途中のネクタイにしがみついて
なあなあと見上げてくる小さな奥方に、
残念でしたとにんまり笑い返し、

 「お前が“さん”を付けてたからだよ。」
 「“さん”を?」

ああと頷いてネクタイをシュルンとほどき切り、

 「ハンバーガーやチキンみたいなファストフードや、
  有名なチェーン店以外の 食い物関係の店は、
  お前いつも、友達扱いで“さん”を付けるからな。」

 「あれれ? そうだっけ?」

ご本人も気づいていなかったらしいこと、
でもね? こっちは そういった文言を余さず聞く側なんだもの、

 「そうだったんだよ♪」

どうだ参ったかと、
今度はご亭主の方が いい歯並びを見せてにっかと笑った、
何とも平和な早いめの春の夕べのことでした。




     〜Fine〜  14.02.28.


  *日記にも書きましたが、
   関西では 飴だけ“ちゃん”づけにし、
   スーパーなどの行き着けのお店へ
   ついつい“さん”を付ける傾向があります。
   ただ、マックやドンク、
   ファミマやガストなどには あんまり付けません。
   ダサイからです。
(おいおい)
   ※あと、稲荷ずしを“お稲荷さん”って言いますよねとの
    援護射撃も受けましたvv(そういや そうだわvv)

   若い人はどうなのかな? 妙齢の人だけなのかな?
   そして他地域ではどうなんだろう。
   個人商店だったら呼んでそうかなぁ?
   あ、そうともなると屋号呼びじゃないのかな?


*ご感想はこちらvv*めるふぉvv

**bbs-p.gif


戻る